時々記事

                    
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 2014 9月22日 時々記事のこれまでの分は削除しました
■2015・1・20 やっとすっきりした
娘が 専門教育を受けてもいないのに
なぜパソコンに関する仕事をすることができるのか
と 眼科医の奥さんの甥が困っている と
質問があったら  娘曰く
そんなんさあ 興味があれば身につくよって


あ これは名言だ
そして 美術って 興味を持てば限りなく面白いことがあるのだから

これで終わりということはない

だから切りがないから いいのだね

私は結構 お前は来るなと言われたと思って傷ついた
どうすれば反撃できるんだ と思った

ハハハ わかった
私が悪いんじゃない
興味がないなら向こう向いてればいいのだ

大塚先生が なぜおまえは来るなと言ったかわかった
そして 今はもう来るなとは言わないわけはわかった

私はちゃんと仲間に慣れているからだ
講座としては 数が大事で
私は数を減らす働きをすれば追い出される
そうでなければ 入れてもらえる


■2015・1・19 視覚的リアリズムのこと
うまく描けない と KINU洋画会の仲間がしつこく
悩んでいう
この人は なんだ?と わからないことも多いけれど
うまく描きたい病は 蔓延してはいる

KINU洋画会で 大塚先生の病の間に
取り替わって指導した人たちがうまく描くことに焦点を当てて
技法というか 表面的なことをつべこべ指導したので

きれいに描くだの 写真みたい怒ったという話だったと思う

美術教育では 知的リアリズムから
視覚的リアリズムへの転換期について
いっぱい学んできたが

これは 万人に共通する発達の筋道ではないな
とこの頃思うようになってきた
(前はそう思って 中学生を そう分析していた)
上の うまく描けないと悩んでいる人は
ご自分の視覚的にとらえることと
自分が描けることとのギャップにイラついている
とは思うけれど
話してみると
何事も 人より優れているとかいないとか
そういう価値観に毒されてもいるような気がする

彩友会では クロッキーの会があったが
こんなのをやりたかったわけじゃない
と やめちゃった人がいるというので
先日の KINU洋画会の 人物画 みんなは
どうだろう?と気になった

先生は 皆を教えてやらねば と思って
ご自分は描かないつもりでいたが
生徒が あまり先生を呼ばないので
これなら描くんだった と思ったようで
次回は 描くそうだ

私が描いているのを見て
我慢がならず
あのさ これじゃ立てないぜ
とおっしゃった

フフ
ひどい状態だったのだ
動きを強調しようと思ううち
立脚の位置が うまくいかん!
と言ったのだが

その時は

実は この人の 右足が
立脚だと思っていた
(ま ポーズ中 微妙に動くけど)
でも
この人の右肩が高く
右足が立脚はおかしいよな
と思い
改めてどっちの肩が前か

そう
当人も揺れているのだが
決めないと

モデルさんにどっちの足で立っている?と聞いたら
左足!

そうだ右肩のほうを前でやや上
左足が立脚
それでいく

人物の場合 変だとすぐわかるから
デッサンの勉強になる
と思って 皆は熱心に描くのだろうか?

でもクロッキーは嫌だと言った人は
10分で人体を描くってどうすればいいかわからなかったら
嫌になるだろう

でも 会長の絵などを見ていると
そんなに 形にはこだわらないし自分の表現で行く
と決めて 考えはうろちょろしないからいいのだろう
男の人にはそういう人が多い

女の人はこまごまこだわる人も多いな


■2015・1・19 西洋と東洋と出会う
ということについて ラジオが喋っていた
幕末から 明治にかけての話だ
だけれど 良く分からないけれど 西洋画のそういう
明治以来の 絵画教育を受けてきて
とても偏って 
西洋的なものの考え方を注入されてきたのではないか
というような気がすることがある

最近 日本の美術を見ることが多く
その平面性 というのに西洋人は 目から鱗だったのじゃないか?
日本人のほうが 西洋の絵の
写真みた〜い  なんじゃこれえ?と思ったのと逆のことが
万博なんかで日本美術を見た西洋人は思ったのだろうな
と思った

改めて 自分の国の美術の平面性ってのを
自分の絵の中にどういう風に取り込もうかと思うけれど

それって 100年以上前の話だろうけれど
私には新しいからいいのだ
■2015・1・6 絵で何を描こうか
<自分の絵 どうしたいか>
芸術は 常に新しい世界を創り出す
のようなことを教わり
そうだな と思ってきたが
陳腐なことを見下すのと一体のような気がしてきた

何もそんなこと思わなくたって
世界は常に新しいのだわよ

自然(ってこの場合人間とか 人間が創り出すものも含めて)に私は関心が深く
自分の個性とか 自分の表現とか 考えてみれば
それは どうでもいいのだ
以下は男鹿人さんのおっしゃったことだが

絵は写真とは違って、見えないもの「も」描き出すものなのではないしょうか
多くの場合 こう考える人は多いけれど

写真だって 見えないものを見せている

芸術は見えないものを見せる仕事ですよ
って
これも教わったことだけれど
これだよ

自分自身それまで見えなかったものを絵を描くことで見えてくる
それは
絵が 具象か 抽象か 関係ないのだわ
去年から引っかかってきたのがそれだ
ものすごいリアリズム否定
一体なんなのだ?と思ったが
結局リアリズムも時代の流れの中の様式の一つと考えて
もはや それは否定されているのだ みたいな主張に会って話がかみ合わない



<年頭のこと>
非常に苦しい年明けだったので
気持ちはネガティヴ
もう長くは生きられまい
などと思った

確かに もうそうは生きられまいから
ちょっとは自分の考えを整理しないといけないと思った

<楽観的と悲観的>
おばさんが楽観的であることには驚いた
苦労の末勝ち取った性格かとおもうとそうではなく
備わっているように見える

楽観的であるというのは 非常に良い
周りのものにもすごく良い と思った

悲観的な考えに接すると
私は思わず心が震えて恐怖に駆られる
悲観的な考え方の果てには自殺があるように思うからだ

その恐怖で人は人に巻き込まれるのだ
思い返せば武蔵もそういう人の危機に取りつかれて
大変だった時期があった
もう死んじゃうことがあっても もう関知しないとやっと離れたのだ

その後その人がどうなったか わからないが
そういう風に自殺する人を 私は残ったものに過大な苦しみを与える
と思って すごく自殺する人を憎んだ
そう思って 父の自殺を割り切った気でいたが
あるとき そうか あれが 父にとっては救いだったのだろう
と思い至ったのだった

母は 父が亡くなったと元気だったからな
あれも不思議だった
母には 割り切れたのだろう

人を殺した父親が その後傍目には信じられない自己正当化をするのを見て
その時は
ああ
この人は そうしなければ生きていけない
そういう風に理解したつもりでいた

こういうことを くだくだ考えて抜けられないのは
父の悲観的な考え方
それにあれだけ反発しても
影響を受けていると 今頃 愕然とした

細かすぎるだの 心配性だの言われて
心外だと思ったが そうだ この連鎖を断ち切らないといけないと思った

父が 常に最悪の事態を想定して
それに対処できるようにしないといけないと言って
なんだよ 最悪の事態は親父が作ってるじゃないかと思ったが

楽観的というのは
大事だ

おばさんが楽観的ったってね
何回言っても 早めに玄関に一人で降りてね
寒いところで待っているのは 几帳面な性格だからだけれど

私が 今回 異常に頭に来たのは
このおばさんの早くから待っている病と私の遅刻恐怖症という病が
激突したからだ

これには自分を抑えることも出来ないしおばさんが変わることもないから
もう迎えに行かない
成立しなけりゃ リハビリは休んでもらうで
一件落着だ